例えば憲法の答案で合憲、違憲を予め決めておいて答案を書くという考えがあり得ますが、本当にこのような考えで問題ないのでしょうか。
確かに、どちらかといえば合憲、どちらかといえば違憲、と半数を超える人が思うような場合もあり得ます。理由づけも多数派の感覚に従って書いた方が書きやすい場合が多いでしょう。そうすると、やはりその問題の事例に応じて結論を決めていくというのが基本的には望ましいといえます。私も(おそらくこのやり方が一般的ですが)そのようにしていました。
ただ、結論を決め打ちし、それが多数派の感覚と異なっていたからといって必ずしも低い評価がくるわけでもないと思います。
というのも、結局司法試験で求められているものの1つで特に重要なのは、「バランス感覚」です。
訴訟のような対立構造の中では、双方ともに一定程度の説得力を持った言い分が出てくるはずです。もちろん、現実の事件では一方は勝ち筋がないということもあるのかもしれません。しかし、試験問題で出されているということを考えると、一方の筋は誰が見ても明らかにおかしいという問題は簡単すぎて差が付かないと考えられます。そうすると、両当事者の言い分を両方とも検討した上でどちらが説得的かという判断をすることができる問題が出題されるのが通常です。
バランス感覚があること、すなわち比較衡量ができていこと、比較衡量の意識があるということこそが具体的な結論よりも重要です。そうすると、元々どちらの結論か迷うような場面であっても、とにかく双方の利益や主張に配慮した論述ができていれば、その部分は得点できるということです。
反対に、結論を決め打ちするといっても自分のとる結論にのみ有利な論述しかしないとすると、得点は伸びてこないと思われます。
まとめると、双方の利益、主張に配慮し、利益衡量の視点があることを結論に至るまでの過程でアピールできていれば、具体的な結論がどちらとなろうと大した差は出てこないということです。
そのような書き方が出てきている人であれば結論を決め打ちしても特に問題はないと思います。一方で、反対利益に触れずに自分に都合の良い事実だけを引用するといった癖がある人は結論の決めうちはしないほうが良いかもしれません(そもそも反対利益を意識して論述するというのが第一の改善点になるとは思いますが)