東大ロー期末試験答案【国際経済法】

7月18日から去年の東大ロー期末試験答案を1日1通アップしていきます

【予定(括弧内は評価)】

上級民法2(B)→信託法(B)→金融商品取引法(A)→公法訴訟システム(B)→上級商法2(A)→国際経済法(A+)→知的財産法(A+)

 

去年はtake home exam形式で24時間あったので、2時間で書いたものではありません。ちなみに、シラバスでは国際法を履修していることが望ましいとあったのですが、実は学部含め国際法は履修していませんでした。それでもA+が取れたので、頑張れば国際法未履修でも大丈夫だと思います。選択必修だったので取ったのですが、内容的にも面白かった科目です。最後の期末試験のさらに終盤だったのでかなり気合を入れて書きました笑

 

国際経済法 期末試験解答

 

第1(1)について

1 B国が行いうる主張や対処

(1)成分Sの販売価格が他の薬品の原材料などと比べると相当に安価であったという事情から、正常価額と輸入価格との差を上限とする追加関税であるアンチダンピング税を課すというアンチダンピング措置をとることが対処として考えられる(GATT6条2項及び1994年の関税及び貿易に関する一般協定第6条の実施に関する協定(アンチダンピング協定)、以下AD協定)。アンチダンピング措置の発動要件は以下のようになる。

(i)「ダンピング」された産品の輸入があること

(ii) 国内産業への「損害」

(iii) ダンピング輸入と損害の間の因果関係

これらに関して、B国は次のような主張を行いうる。まず、AD協定2.1条により、輸出国における当該産品の「正常価額」よりも低い価額で輸入される場合に、ダンピングが行なわれているものとみなされるところ、A国は非市場経済国であると一般に見なされている。非市場経済国では「正常価額」が歪曲されていると考えられるため、他の市場経済国の中から類似の代替国を選んで、そこでの国内価格を使用する代替国手法をとることができると考える。そして、XによるSの販売価格は他の薬品の原材料などと比べても相当に安価であったのであるから、代替国手法をとった場合も、A国の製薬企業が輸出するSを使用した薬品や健康食品は代替国における正常価格より低い価額であると考えられる。したがって、(i)の要件をみたす。

また、B国の製薬・食品産業の業績は、これらのA国からの安価な製品の輸入の急増後、大幅に悪化しているから、(ii)の要件をみたす。

さらに、ダンピング輸入がなされなければ、B国の製薬・食品産業の業績は悪化しなかったと考えられるから、(iii)の要件をみたす。

以上より、アンチダンピング措置の発動要件がみたされるため、B国は同措置をとることができると主張することが考えられる。

(2)A国政府が企業Xの100%の株式を保有している。このように政府の完全な支配下にある企業を通じて成分Sの流通をコントロールしたうえで、A国内の企業にのみ相当に安価に販売している。これは実質的にA国政府がA国内の企業に補助金を与えているものとみることができる。そこで、B国は「補助金及び相殺措置に関する協定(以下、補助金協定)」19.1条に基づき、補助金の効果を相殺するための相殺関税を課すことができると主張することが考えられる。補助金に対する規律の要件は以下のとおりである。

(i)補助金の交付とみなされる政府行為の存在(補助金協定1.1.a.1.条)

(ii)補助金による利益の存在(補助金協定1.1.b.条)

(iii)政府による資金面での貢献と利益との間の因果関係

(iv)特定性(補助金協定1.2.条) 

B国は要件該当性について、以下のように主張することが考えられる。

上述のとおり、XはA国政府に支配された企業であり、SをA国内の企業に相当に安価に供給しているのであるから、補助金協定1.1.a.1.条の(i)~(iii)のいずれかには該当するといえ、(i)の要件をみたす。

また、成分Sの採取に関する独占的権限がXに与えられず、XがA国内の企業に安価でSを供給しなかったとした場合、現在より有利な立場において輸出をすることができないといえるから、補助金による利益があるといえ、(ii)、(iii)の要件をみたす。A国内という限定された地域内の企業にのみSが相当安価に供給されていることから、実質的に補助金協定2.2条に該当し、(iv)の要件をみたす。

したがって、上記の要件を全てみたし、19.1条に基づき、補助金の効果を相殺するための相殺関税を課すことができる。

そのうえで、Sの供給は輸出が行われることに基づいてなされるものではなく、SはほぼA国でしか採取できない以上、輸入代替補助金としての実質もないから、補助金協定3.1条にあたらない。一方で補助金協定8.2条の要件にもあたらない。

したがって、Sの供給に伴う経済的利益は相殺可能補助金としての実質を有する。

そして、B国はそのSの供給によって、B国の利益に著しい損害(補助金協定6.3.c条)が生じていると主張し、相殺関税の賦課に代えて補助金協定7条に基づきWTO紛争解決手続による救済措置を受けるという対処をすることも考えられる。

(3)B国は、GATT19条に基づきセーフガードを発動することが考えられる。セーフガード発動のための要件は以下のとおりである。

(i)各締約国がGATT上の自由化義務を履行した効果として

(ii)事情の予見されなかった発展の結果

(iii)輸入の増加が発生し

(iv)そのことが実質的な原因となって(因果関係)

(v)同種の産品を生産する国内産業に重大な損害が生じる(おそれがある)こと

B国は上記の要件充足性につき、以下のように主張することが考えられる。

B国にSを使用した薬品や健康食品の輸入が急増(iii)したのは、GATT上の自由化義務を履行した効果によるものであり(i)、そのきっかけは成分Sの胃腸の病気に対する薬効の新たな発見であるから、事情の予見されなかった発展の結果といえる(ii)。また、A国の薬品や健康食品の輸入によりB国の製薬・食品産業の業績の大幅悪化という重大な損害が生じているため、因果関係及び重大な損害のいずれも認められる(iv)、(v)。

以上より、B国はセーフガードを発動することによって、輸入の制限という形で対処をすることが考えられる。

(4)TRIPS協定31条

A国政府はRの捕獲・飼育・養殖等を行う独占的な権限をXに付与し、A国企業がSの供給を受けるには、Xからその供給を受ける必要がある。成分Sが胃腸の病気に対して薬効があることが発見され新薬が開発されたと考えられるが、実質的にA国政府がXを通じてその薬品製造を管理しているといえ、強制実施権がA国政府により付与されているとみることができる。そうだとすれば、TRIPS協定31条により、強制実施権に基づき生産された製品であるSを使用した薬品や健康食品は輸出が禁止されるはずである。このように、TRIPS協定違反がある場合には、WTO紛争解決手続に提訴が可能である(TRIPS協定64条1項)。したがって、B国はWTO紛争解決手続に提訴するという形で対処することが考えられる。なお、A国はTRIPS協定31条の2を根拠に同31条の輸出制限が適用されないと主張することが予想されるが、同31条の2は医薬品の製造能力が不十分な国に対する配慮を趣旨とするものである。B国は世界有数の経済力を有する国家であり、医薬品の製造能力は十分にあることから、同31条の2は適用されない。

 

2 A国がなしうる反論

(1)A国は、B国によるA国の産品の輸入とB国の損害との間に因果関係がないと反論することが考えられる。AD協定3.5条は、「当局は、ダンピング輸入以外の要因であって、国内産業に対して同時に損害を与えていることが知られているいかなる要因も検討するものとし、また、これらの他の要因による損害の責めをダンピング輸入に帰してはならない。」としていることから、ダンピング輸入以外の要因が国内産業に対して同時に損害を与えている場合は、その要因についても十分に検討すべきであり、安易にダンピング輸入と損害の因果関係を肯定すべきではない。本件ではB国における従来からの不況も重なっており、このことはB国の製薬・食品産業の大幅な業績悪化に対する大きな要因であったと考えられる。その一方で、B国がA国から多く輸入するに至ったSを使用した薬品や健康食品というのは、あくまで胃腸の病気に対して薬効があると発見されたものにすぎず、B国の製薬・食品産業の全体からすれば小さな割合を占めるにすぎない。そうだとすれば、B国による上記の因果関係を認めるべきとする主張は誤りである。

(2)成分Sの採取をXに独占させず、X以外のものにも製薬企業に対するSの供給を行わせた場合、成分Sの価格が今よりも下落し、薬品等の価額も低下することも考えられる。そうだとすれば、必ずしもA国政府がA国内の製薬企業に補助金を交付しているものと同視できるとは限らず、B国の主張は認められない。同様にA国政府の企業Xに対する独占権付与によってSの価格が維持されている可能性もあることから、A国の行為によってB国に著しい損害が発生したということはできない。

(3)セーフガード協定4条2項(b)においては、上記2(1)の場合と同様に不帰責規則が規定されている。上述のとおり、B国の製薬・食品産業の業績悪化とA国による薬品や健康食品の輸出との間に因果関係を見出すことはできないため、セーフガードの発動は認められない。

また、A国が輸出するのはSを使用した薬品や健康食品であり、これらは胃腸の病気に対する薬効を持つ点が重要である。これに対し、B国では製薬・食品産業の業績全体を問題としている。両者において、後者が前者を包含する関係になっているものの、前者は後者の一部にすぎず、競争関係が市場において生じているとまではいえない。したがって、そもそも同種の産品とはいえず、B国の主張は認められない。

さらに、製薬分野においてはある成分にある薬効があることが発見されることは日常茶飯事であり、通常の競争において生じる事象の範囲内にとどまる。したがって、成分Sの薬効の発見が事情の予見されなかった発展にあたるとはいえない。

(4)TRIPS協定31条で強制実施権に基づき生産された製品の輸出が禁止されるのは、特許料の支払いがない分安価に生産が可能であるという点で有利なため、そのような安価な製品を他国に輸出することがその輸出先の国に対する損害を生じさせる原因となりうるからである。しかし、医薬品の製造には高度な技術が必要であり、強制実施権の制度があったとしても自国で医薬品の製造ができない国も多く存在する。それにもかかわらず、TRIPS協定31条の規定をそのまま適用することは、医薬品製造技術が発展途上である国の安価な医薬品輸入の途を閉ざすこととなり、不当な結果となる。そのため、TRIPS協定31条の2によって、強制実施によって製造された医薬品を他の国に輸出することが認められている。したがって、同条によって、A国による輸出は認められるから、B国の主張は認められない。

A国としては以上の反論をすることが考えられる。

 

第2(2)について

1 B国の主張

(1)

ア死亡率が極めて高い急性胃腸炎を引き起こす感染症が世界的に流行しているにもかかわらず、その治療に高い効果を発揮する成分Sを使用した製品の輸出を禁止することは、「他の締約国の領域に仕向けられる産品の輸出」について「関税その他の課徴金以外」の「禁止」にあたるため、GATT11条1項の数量制限の禁止に反する。

イまた、GATT11条2項(a)の該当性についても、「一時的」とは、過渡的な必要性を満たすために限定された期間だけ実施される暫定的な性質の措置を意味するものであるところ、A国は当面禁止するというのみで期限の限定をしていないことから「一時的」ということはできず、GATT11条2項(a)の適用はない。

(2)また、A国と同様の政治経済体制を持ち、A国と友好関係にあるC国に対してのみ輸出を認めることは、最恵国待遇を定めるGATT1条1項に反する。

(3)

アA国がGATT20条(b)の一般的例外を主張したとしても、Sを使用した製品の輸出を禁止することまでは必要ではない。すなわち、成分Sを製品に使用することを制限し、感染症治療の用に供するように規制することによっても目的を達成できると考えられるから、必要性が欠ける。また、あくまでA国民の生命の保護することが目的であれば、C国に対して例外的にそれらの製品を輸出することはその目的に反するものといえる。

イA国がGATT20条(g)の一般的例外を主張したとしても、A国内で成分Sが生命保護に用いられるように調整するための貿易制限以外の措置がとられていない。したがって、GATT20条(g)の要件をみたさないため、A国の反論は認められない。

ウ人の生命の保護という目的に照らした場合、C国とその他の国の人の生命の価値に差はないにもかかわらず、A国は、自国と同様の政治経済体制を持ち、友好関係にあるという理由のみでC国に上記のような特別な扱いをしている。したがって、A国がC国にのみ例外的に輸出を許可することは、GATT20条柱書の「恣意的若しくは正当と認められない差別待遇の手段」であるといえるから、一般的例外規定は適用されず、A国の反論は認められない。

(4)A国は、その輸出禁止措置が、「自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める措置」の一つとして挙げられている「戦時その他の国際関係の緊急時に執る措置」として安全保障のための例外にあたるため、許されるとの主張をすることが考えられる(GATT21.b.(iii))。

しかし、いくら同文言について発動国の自己解釈の裁量があるとはいえ、その解釈にも信義則上の限界がある。まず、感染症の蔓延による諸国の混乱を、戦時その他の国際関係の緊急時との文言にあてはめることは文理上困難である。また、死亡率が極めて高い急性胃腸炎を引き起こす感染症が世界的に流行している段階においては、有効な治療薬を自国民や友好国の国民にのみ利用させるため輸出を禁止することは、人道的観点から認められるべきではない。すなわち、A国内で様々な感染拡大防止措置を講じながらSを使用した製品の他国への輸出を継続することは可能であり、直ちに輸出禁止措置を取ることは権利の濫用である。さらに、国民の生命を保護する措置としてSを使用した製品の輸出を禁止しながら、自国と同様の政治経済体制を持ち、友好関係にあるCを特別に扱い、例外的に輸出を認めることはブロック経済化を防止するため自由貿易を推進するWTOの理念と相反し、他の締約国との関係で信義則に反するものである。

したがって、A国の輸出禁止措置は安全保障のための例外としては認められない。

 

2 A国の反論

(1)

アA国としては、その輸出禁止措置が、「輸出締約国にとって不可欠の産品」であるSを使用した製品の「危機的な不足を防止し、又は緩和するために一時的に課するもの」であるため、数量制限禁止の例外を規定するGATT11条2項(a)にあたると反論することが考えられる。

イまた、B国は「一時的」にはあたらないことを理由にGATT11条2項(a)の適用を否定するが、この主張は認められないと反論し得る。A国の輸出禁止措置は死亡率が極めて高い急性胃腸炎を引き起こす感染症から国民の生命を保護するという目的があるところ、死亡率が極めて高い感染症は流行が比較的短期間で収束するのであるから、たとえA国が具体的な期間を限定せずに輸出禁止措置をとったとしても、実質的には限定された期間における暫定的な措置として予定されていることが明らかである。したがって、B国の主張にかかわらず、GATT11条2項(a)にあたる。

(2)

A国としては、輸出禁止措置及びC国に対する例外的な輸出許可は、GATT20条(b)あるいは(g)の一般的例外にあたるため、何ら違反はないと反論することが考えられる。

アGATT20条(b)該当性

A国の輸出禁止措置は人の生命を保護することを目的としているから、「人の…生命の保護のために」なされているといえる。

次に、「必要な」措置といえるかを検討する。この点については、(i)当該措置によって追求される目的の重要度、(ii)当該措置が目的の実現にどの程度貢献しうるか、(iii)当該措置がもたらす貿易制限性の度合いを考慮要素として総合的に考慮したうえで、当該措置と同程度に目的を達成でき、かつ貿易制限性のより小さい代替手段が存在するかという観点から判断すべきである。

以上の観点からそれぞれ検討する。確かに、C国を除いて他の締約国への輸出がされなくなり、また成分SはA国でしかほぼ採取できない貴重な成分であるから、Sを使用した製品についての貿易制限の度合いは高いといえる(iii)。しかし、成分S自体が希少であるからA国内で使用する必要性が極めて高く、貿易制限をすることはやむをえない。また、人の生命の保護という目的は極めて重要なものである(i)。さらに、Sを使用した製品の輸出を禁止することで希少な成分Sの消費量を抑制することができるため、人の生命の保護という目的の実現に大いに貢献し得るといえる(ii)。

したがって、これらを総合的に考慮すると、輸出禁止措置と同程度に人の生命を保護するという目的を達成でき、かつ貿易制限性のより小さい代替手段は存在しないといえるから、「必要な」措置にあたる。なお、B国は、成分Sを製品に使用することを制限し、感染症治療の用に供するように規制することによっても目的を達成できると主張するが、そのような手段は成分Sを使用した製品を販売する企業に対して不可逆的な打撃を与え得るものであり、感染症の流行が収束したのちの同製品の輸出を大きく妨げるものであるから、現実的な代替手段とは言い得ない。

よって、GATT20条(b)にあたり、A国の措置はGATTに違反しないと反論することが考えられる。

イGATT20条(g)該当性

A国の輸出禁止措置は世界でほぼA国にのみ生息する希少な両生類Rから採取される成分Sという「有限天然資源」の保護を目的としており、かつこの目的と実質的に関連している。

したがって、GATT20条(g)にあたり、A国の措置はGATTに違反しないと反論することが考えられる。

(3)A国は、その輸出禁止措置が、「自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める措置」の一つとして挙げられている「戦時その他の国際関係の緊急時に執る措置」として安全保障のための例外にあたるため、許されると反論することが考えられる(GATT21.b.(iii))。同文言の解釈は発動国の裁量にゆだねられており、国民の生命を感染症から保護することは、戦時中に国家の安全保障を図るのと同程度の重要性を持つものであるから、輸出禁止措置が同文言にあたることは疑いない。したがって、A国のこのような解釈適用は何ら信義則に反するものではなく、A国の輸出禁止措置は許される。

 

第3(3)について

1①Yが具体的にどのような主張を行うと考えられるか

(1)不当な域外適用であり、許されないとの主張を行うことが考えられる。C国の企業YがA国からSを使用した製品を輸入した時点でその財産権はC国の企業Yに帰属するものであり、その後の再輸出に関して制約を及ぼすことは不当な制約である。法令の趣旨は国民の生命を保護することにあるのであれば、C国の企業Yが再輸出を行ったとしてもそのような趣旨は害されない。

(2)A国外での再輸出行為に対する制裁金をA国内に設けられていたYの子会社に課すことは許されない域外適用である。自国にYの子会社が設置されていることを奇貨として、親会社であるYに対して本来直接課すことのできない制裁金を課すことは、実質的にC国の主権を侵害するものであるといえ、許されない。

 

2②Yの主張に対し、A国政府がどのような反論を行うと考えられるか

(1)A国の法令における再輸出禁止規定は国民の生命を保護するために制定されたものであるところ、その趣旨を貫徹するには再輸出を禁止することが不可欠である。Sを使用した製品の輸出が認められているC国の企業が再輸出目的でA国から同製品を輸入することで、C国以外への輸出禁止が潜脱され、結果的にA国民に供給されるSを使用した製品の量が減少し、上記趣旨が没却される結果となる。

(2)A国内に子会社を設置している以上、その子会社に対してはA国の法律が当然に適用されるのであり、再輸出禁止の実効性を確保するために必要な措置であるといえる。

(3)そもそも条約はA国の国内裁判所における判断を拘束するものではない。

 

3③裁判所はどのような判断を下すと考えられるか

(1)真に自国民の生命の保護を目的とするのであればSを使用した製品の輸出を制限すれば足りる。そして、一旦輸出されたSを使用した製品に関してはA国民に用いられることは通常考えられないのであり、その再輸出を禁止することと自国民の生命の保護との関連性は見出しがたい。また、製品が輸出された以上、当該製品の処分権はYに移転しており、その処分権の行使である再輸出に対して規制をすることを正当化する根拠はない。したがって、Yの主張が妥当である。

(2)YがA国内に設けていた子会社はあくまでYとは別の法人である。したがって、A国外におけるYの再輸出行為を理由として、再輸出行為をしていないYの子会社に対して制裁金を課す根拠はない。すなわち、Yの子会社に対して制裁金を課すことは、子会社を通じて自国の管轄権の及ばないYに制裁を加えることであるといえるから、許されない域外適用である。

(3)条約の

 

第4(4)について

1Zが具体的にどのような主張を行うか

(1)①公正かつ衡平な待遇

AD間の二国間投資保護協定(BIT)に規定された「公正かつ衡平な待遇」の規定は、BITを締結した投資家の保護への期待の観点から、慣習国際法上国家が外国人に保証しなければならない最低基準を確認するにとどまらず、その最低基準以上の待遇を義務づけるものであると考えるべきである。そして、同規定から導かれる公正待遇義務は、Saluka事件仲裁判断のように、投資家の正当で合理的な期待を損なわないようにする義務を内容とするものであって、投資家には受入国が明らかに矛盾した、不透明な、不合理なまたは差別的な態様で行動しないことを期待する権利があるというべきである。

本件において、D国の製薬企業Zは、本件命令に先立ってA国内に子会社を設立しており、これは投資財産にあたるといえる、そして、本件命令以前からSを使用した製品の生産体制を拡充していた。このような動きに対して、受入国であるA国は、Zが製薬企業であることやSを使用した製品の生産体制を拡充していたことから将来的にSを使用した薬品等を製造するために投資がなされていることを当然認識していたはずである。それにもかかわらず、成分Sが世界で流行中の感染症の治療に有効であることが判明した途端に製薬技術を自国が独占するため、Zのこれまでの投資を無に帰すような本件命令を発したことは、Zの投資家としての正当で合理的な期待を著しく裏切るものであり、Zの上記投資行動を受け入れていたことと明らかに矛盾し、不合理な措置といわざるをえない。

したがって、本件命令は公正待遇義務に違反する。

(2)②収用の禁止

受入国が投資家の投資財産を収用するには、公共目的であること、差別的なものでないこと、正当な法の手続に従って行われること、迅速適当かつ実効的な補償の支払を伴うことが要求される。A国の本件命令によるSの供給停止はZの投資財産の直接収用とまではいえないとしても、Zに巨額の損失を与えるものであり、実質的な効果としては収用に匹敵するものである。したがって、A国の措置は間接収用として直接的な収用と同様に禁止されるべきである。特にA国はZに生じた巨額の損失を補償すべきであるのに、これをしていないことから、収用の禁止の規定に違反している。

(3)③無差別原則

AD間のBITにおいては無差別原則に関する規定が置かれている。本件命令は、その株式の過半数が他国の国民により保有されている企業に対して成分Sの販売を行わない旨をXに命令するものであり、XはA国政府に完全に支配されている企業であることからすると、A国政府が自国の投資家と他国の投資家を差別的に取り扱っているという点において内国民待遇を遵守していない。すなわち、本件命令は無差別原則に関する規定に違反する。

 

2これらに対して仲裁廷はどのような判断を下すと考えられるか

(1)①公正かつ衡平な待遇

AD間のBITにおける公正待遇義務の内容は、慣習国際法上国家が外国人に保証しなければならない最低基準を確認するものであるか、その最低基準以上の待遇を義務づけるものであるかという点については、特に明示されていない限り、いずれの解釈もありうるところである。もっとも、その性質にかかわらず、公正待遇義務の具体的な内容として、複数の仲裁判断で示されたように不透明性や不当性、差別性がある場合には公正待遇義務違反が認められうると考えられる。

本件についてみると、確かにZとしてはA国政府の本件命令によってSを使用した製品の生産ができなくなることを想定することは困難だったといえ、実際に巨額の損失を被っているのであるから、予測可能性を欠き、不透明かつ不当な措置を受けたものといえる。また、自国と他国の投資家を別異に取り扱う点でも差別性がある。しかし、製薬技術の国外流出の防止という政策判断は抽象的には想定し得るものであり、その必要性が生じた場合に受入国であるA国のそのような政策判断を尊重すべきであるともいえる。Zが多額の損失を被ったことに関してはむしろ間接収用に該当し、それに対応して必要となる補償や適正手続が存在するかという観点から問題とすべきである。

したがって、仲裁廷は、A国の行為は公正待遇義務違反にあたらないという判断を下すと考えられる。

(2)②収用の禁止

確かに効果のみに着目すれば、A国の本件命令によりSの供給が受けられなくなることで、Zが拡充してきたSを使用した製品の生産体制は無意味なものとなり、経済的にはA国政府に収用されたのと実質的に同じ結果となっている。もっとも、受入国の正当な規制権限の行使の結果としてそのような結果となった場合にまで補償を必要とすることは受入国の政策判断を著しく阻害する。そこで、間接収用を認めたMetalclad仲裁判断や国の正当な金融監督行為であるとして間接収用と認めなかったSaluka仲裁判断を参考に、(i)政府の行為の効果と(ii)政府の行為の妥当性・正当性を考慮して判断すべきであると考えられる。また、受入国の正当な規制権限行使の尊重の観点から、(iii)公衆衛生などの公共の福祉を守る目的で適用された無差別の規制措置については、稀な例外を除いて間接収用該当性を否定するのが妥当であると考える。

以上を前提に本件について検討する。

政府の行為の結果としてZは巨額の損失が発生しているのであるから、投資財産に対する侵害の程度が大きいといえる(i)。そして、本件命令の目的は製薬技術の国外流出を防止する点にあるところ、この目的自体が自国の技術保護の観点から一定の正当性を有するとしても、本件命令によらず製薬技術の国外流出を事前に防止する措置をとることも可能である。したがって、事業を実施できると信頼したZの信頼を裏切り、莫大な損害を与えてまで本件命令をすることは妥当性を欠くというべきである。

ここで、製薬技術の保護は公衆衛生という公共の福祉の保護であるという見方もありうる。しかし、製薬技術を保護すること自体は必ずしもA国民の生命、健康の保護につながるというわけではない。製薬技術の保護は特許権に関する規律や当事者間の合意に基づいてなされるべきである。したがって、本件はそもそも(iii)の場合にはあたらない。

以上を考慮すると、A国の行為はZに対する補償を要する間接収用にあたるというべきである。

よって、Zに対する補償がなされていない本件においては、収用の禁止の規定に関して違反があるという判断を下すと考えられる。

(3)③無差別原則

過去の仲裁判断は、国の正当な規制関心に即した合理的な区別であれば、違法な差別待遇とはならないとの見解を示してきたため、仲裁廷もこのような見解に立って検討することが考えられる。この見解を前提とすると、製薬技術の国外流出を防止することによる同技術の保護という目的は、国の正当な規制関心に即した合理的な区別であるということができそうである。もっとも、S.D. Myers対カナダ事件のように、国がより緩やかな代替手段によっても目的を達成でき、外国投資家に比べて国内投資家が均衡を失した利益を得ている場合には、やはり内国民待遇の規定に反し、無差別原則違反となると考えられるため、この点につき検討する。本件では、上述のとおり特許権に関する規律や当事者間の合意に基づいて製薬技術の保護という目的を達成することができる。そして、Zのような外国投資家は本件命令によってその子会社によるA国内でのSを使用した製品の生産が不可能になり、その投下資本の回収ができなくなっているのであるから、A国内の投資家が均衡を失した利益を得ているといえる。

よって、本件の仲裁廷は、A国の行為が内国民待遇に違反しており、無差別原則の規定に違反しているとの判断を下すと考えられる。

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